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DESSERT MUSIC #36

ネヴィル・ブラザーズの代表アルバムと言える1989年にリリースされたアルバム『イエロー・ムーン』は、ニューオーリンズが見せるスワンプ、ケイジャン、R&B、ファンクなどの音楽のエッセンスを巧みに入れ込んだ秀逸な傑作アルバムで、そのタイトル・チューンが「イエロー・ムーン」

祝!日本遺産に選ばれた弥次喜多道中、藤枝市の足跡を辿る VOL 4 葛飾北斎も食した千貫提の“染飯”で旅の疲れを取る! 素敵なシーンウォッチング FILE36

今回で最終回となる「祝!日本遺産に選ばれた弥次喜多道中、藤枝市の足跡を辿る」を締め括るのは、東海道の藤枝宿と島田宿のちょうど中間地点に位置する瀬戸地域にかつて存在した千貫提(せんがんづつみ)、そしてその千貫堤があったあたりの茶屋で、戦国時代から売られていた東海道の名物の染飯(そめいい)にまつわるお話です。

DESSERT MUSIC #35

音楽を人はどうして聴く、いや聴きたくなるのでしょうか?シンプルに言えば、気持ちよくなりたいから、もしくは癒されたいと思う時に音楽の存在が浮かび上がってくるのです。音楽の発展には宗教の存在も見逃せません。讃美歌などのアンセムと共にチャントがあり、様々なスタイルで経典が後世に伝えられてきました。

祝!日本遺産に選ばれた弥次喜多道中、藤枝市の足跡を辿る VOL 3  久遠の松の魅力に勝る、大慶寺・住職の読経の魅力! 素敵なシーンウォッチング FILE35

子供の頃聴いたお坊様が唱えるお経は陰気で、どこかのお通夜で流れてくる線香の香りと同じく忌み嫌っていました。それは子供にとって、父親が酒のつまみに美味しいと言いながら食べていたくさやの干物と同じ解釈で、今となれば全くもって正反対の存在になっています。

DESSERT MUSIC #34

1970年代のアメリカを代表するヒット曲「ホテルカリフォルニア」。その歌詞にあるこの歌の重要なポイント、♪「僕のワインを持ってきて」と頼んだら、彼は「私どもでは1969年以来スピリットは在庫しておりません」と言いました♪
この「1969年からスピリット(魂)は在庫しておりません(失っている)」と訳される当時のアメリカの様を的確に表現したワンフレーズは、この曲が発売される1976年ティーンエイジャーだった僕には難し過ぎてピンと来なかったのですが、それから何年かが過ぎて僕自身が大人になったと感じた時に、このフレーズの意味がやっと理解できたのでした。それは、この歌詞で語られるアメリカについてのことでなく、スピリッツ、要は魂を自身が持っているか否かという僕自身のスタンスについてのことであり、時代や周りに流されていた日々から脱出できるか出来ないかという、生き方、生き様を問われている歌なのだと気が付いた時でした。

祝!日本遺産に選ばれた弥次喜多道中、藤枝市の足跡を辿る VOL1 宇津ノ谷峠と蔦の細道 素敵なシーンウォッチング FILE33

静岡の魅力を一言で語るのは難しい。それは、山と海があり自然に恵まれたというだけでなく、名所旧跡や文化伝統に長けた土地柄で、とにかく住みやすくて故に人が優しいという魅力が満載されているからです。それは昔からそうだったようで、今日の旅ブームの先駆けとなったと言われる‟弥次喜多道中“「東海道中膝栗毛」にも書かれている歌舞伎にも登場する宇津ノ谷峠、島田宿へ続く東海道の松並木など、藤枝宿、岡部宿の旧東海道の歴史と文化は当時から魅力ある地として今に伝えられています。

DESSERT MUSIC #33

見るものすべてに興味を示す、名前どおりの旺盛な好奇心を持った知りたがり屋の可愛い子ザル、ジョージが、主人公のテッドを追ってアフリカから大都会ニューヨークへ~世界14か国で翻訳され、合計2500万部の発行部数を誇る児童書、「キュリアス・ジョージ」が映画化され、サントラをジャック・ジョンソンが担当。♪新しい日がくる度に、生まれ変わった気分さ~世界はまわり続けているんだ、無駄な時間はないよ♪と歌うオープニング曲が「アップ・サイド・ダウン」。透明感のあるジャック・ジョンソンのヴォーカルがワクワクさせるような雰囲気を醸し出し、旅に出たくなる気分にさせてくれます。

DESSERT MUSIC #32

当時、この曲がラジオから流れている時に、この楽曲がレゲエ・ミュージックなのか、それともレゲエっぽく仕上げられたポップ・ナンバーなのかという話をパーソナリティーが熱く語っていたことを今でも時々想い出します。それは、音楽雑誌の記事を読みふける高校生だった僕のヒーロー、エリック・クラプトンの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」のオリジナル曲がボブ・マーリーの曲だったことで、この話に俄然興味が湧いたからです。

遠州七不思議に見る太古からのメッセージ 素敵なシーンウォッチング FILE32

昭和の中期までの日本は、現代の様な夜でも明るい街はなく、薄暗くて都会でも星が鮮明に見えていたそんな時代でした。もちろん、インターネットなど影も形もなく、雑誌やテレビでお化けや怪獣、また怪奇現象や宇宙人の類まで根拠のないままに情報が垂れ流されていました。それらの情報は子供だましで、大人はもちろん、子供にでもわかるような特撮のピアノ線が見えた世界でした。ですから当時の大人は「どうせテレビの世界だから」と今も変わり映えしませんが、然して信用たるメディアではないと受け止められていたのです。