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月・火曜日はユーコ・タケダ
水・木曜日は新井翔
年齢も性別も価値観も違う2人がお届けします!性別も年齢も生活スタイルも価値観も違う2人がタッグを組んで、静岡・日本だけでなく、世界を視野に、気になる時事ネタや話題について、多様な価値観の中で考え、学ぶ番組。あなたの視点は何ですか?
「ラジオで見る静岡」は、 「ダブルアイズ」の1コーナー(毎週月曜14:30〜)
素敵なシーンウオッチャーの佐伯進がお送りします!

           
               
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「Yellow Moon」The Neville Brothers (12/7 オンエア)
ネヴィル・ブラザーズの代表アルバムと言える1989年にリリースされたアルバム『イエロー・ムーン』は、ニューオーリンズが見せるスワンプ、ケイジャン、R&B、ファンクなどの音楽のエッセンスを巧みに入れ込んだ秀逸な傑作アルバムで、そのタイトル・チューンが「イエロー・ムーン」
U2やピーター・ガブリエル、ボブ・ディランなどのプロデュースで知られるダニエル・ラノアを起用し、ニューオーリンズらしいルーツ・ミュージックを下地にして展開されるポップス仕立てなディープ・ブラック・ミュージックは、インパクト絶大です。
テーマは、黒人社会に限らず様々な不平等社会が持つマイノリティ問題についてメッセージしていて、歌詞の内容は人権問題などブラック・クリオールの都市、ニューオーリンズが持つ様々な難題を普遍的な表現で歌っています。そして「自分たちの子どもたちの世代の黒人が、公民権運動などの黒人のおかれた過去の歴史を忘れつつある今」アメリカ合衆国が持つこの問題を「後世に伝える役目も持っている」(シリル・ネビル)と語るのです。
今回のデザート・ミュージックは、〝後世に伝えるという役目“についてスポットを当てています。それは今を生きるという意味で非常に大切なことのひとつであり、今を生きてきた世代だからこそ、忘れてはならない重要なミッションなんだと千貫提を取材させてもらって感じたのでした。
僕はいつネビィル・ブラザーズを聴いても、彼らの奏でる音楽には深い癒しがあるように感じるのです。それは一言で言えば、ブレないからです。聴く側が問題を抱え感受性が凍えている時でさえ、彼らは強烈な信念で魂の鼓動を打ち続け、放たれる波動によって聴く者を強烈に捉えて離しません。そんな強烈な音楽でありながらも、表面的には耳障りの良いスィートで優れたポップスなのです。「千貫堤・瀬戸染飯伝承館」でお会いした染飯千貫保存会の諸先輩たちは、高校生のサークルの様にほんわかしたムードの寄り合いでしたが、後世にこの地の恵みを申し送りしようとする郷土愛は、ネブィル・ブラザーズのごとく、ピュア―でブレない魂の存在がありました。

 
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祝!日本遺産に選ばれた弥次喜多道中、藤枝市の足跡を辿る VOL4
葛飾北斎も食した千貫提の“染飯”で旅の疲れを取る!
素敵なシーンウォッチング FILE36

今回で最終回となる「祝!日本遺産に選ばれた弥次喜多道中、藤枝市の足跡を辿る」を締め括るのは、東海道の藤枝宿と島田宿のちょうど中間地点に位置する瀬戸地域にかつて存在した千貫提(せんがんづつみ)、そしてその千貫堤があったあたりの茶屋で、戦国時代から売られていた東海道の名物の染飯(そめいい)にまつわるお話です。
旅の楽しみ、見る味わう泊まるを、今でこそ誰もが気軽に堪能できるものとなりましたが、江戸時代には、富士山の景色や紅葉の美しさはあれども、ファミレスやビジネス・ホテルはありませんでした。しかも徒歩での長旅は、ともすれば病気や怪我をするリスクがあったはずです。そんな厳しい旅の試練の中で、ご当地の名物は旅人のささやかな楽しみだったはずです。
最初に紹介しますのは、当時の東海道藤枝の宿で御当地名物として名を馳せていた“染飯”という今でいうスタミナ・ヘルシーご飯なのです。染飯とは、強飯(もち米を蒸したもの)を”くちなしの実”で黄色く染めてすりつぶし、小判型などに薄く延ばして干して乾かしたものです。またくちなしの実は漢方薬として知られていて、徒歩で長い道を歩く旅人にとって足腰の疲れを取る効果がある食べ物として知られていたそうです。今となっては、栄養ドリンクや強壮剤、はたまた湿布薬などヘルスケアの商品が薬局で簡単に手に入りますが、当時の旅人はこの染飯を頼りにしていたのだと思ったりもします。
そしてこの地域の歴史を辿る上で忘れてはならないものに、千貫提があります。千貫堤とは、大井川の氾濫から田中藩領の村々と田中城を守るために江戸時代初期に瀬戸の立場の東側に築かれた堤防です。今から約400年前の慶長9年と寛永4年に起きた大洪水により、この地域一帯が甚大な被害を受けたことから、水野忠善が堤防を築いたのです。当時、瀬戸の立場の周辺にはいくつかの小丘陵が島状に点在しており、それらの小丘陵を結ぶように堤防が建設されたそうです。堤防は幅32m、高さ3.6mほどと推測され、千貫(一貫は一文銭千枚・今の貨幣価値にすると2億円)もの莫大な費用がかかったことから「千貫堤」との名称がつけられたと伝えられています。
このお話、今回の取材で「千貫堤・瀬戸染飯伝承館」を作り運営されている染飯千貫保存会の皆さんに伺ったもので、当時の人々が今では想像もできないような英知を尽くして人力で築いた、村人の命と財産を守る堤防の存在を後世に伝えていこうという、今も当時も変わらない郷土愛から生まれたものです。清水会長は「この伝承館があることで、千貫提の存在も染飯のこともこれからの世代の人たちにも受け継がれていくはすです。私たちの先祖が守り続けてきたこの瀬戸地区の豊かな恵みを、これからもしっかりと守り続けていきたいものです」と話されていました。
さて、今回の素敵なシーンですが、千貫提と染飯ではなく、この地域に根差した郷土愛を広めていこうとされている大先輩たちの活動こそが、「素敵だなー」と感じました!日々の忙しさで忘れがちな地元の大切な場所や出来事。すべての人に存在する先人たちが築き守ってきた故郷を、今一度振り返る機会を与えもらったことに感謝したいです。
4回に渡ってお送りして参りました「祝!日本遺産に選ばれた弥次喜多道中、藤枝市の足跡を辿る」はいかがだったでしょうか?トンネルを抜けるとそこは岡部の宿だった「宇津ノ谷峠、蔦の細道」、山道で滑落の危険を乗り越え辿り着いた「大旅籠柏屋」、魅惑のお経に引き寄せられた「大慶寺の久遠の松」、そして初めて食した染飯をふるまっていただいた健康ご長寿な先輩たちが運営する伝承館で伺った「千貫提・瀬戸の染飯の話」。どれもが印象的で知り得なかったドラマがあり、そこでしか触れ合えない人々との貴重な出会いが生まれました。お世話になった方々、本当にありがとうございました!

1.染飯千貫保存会のみなさん 2.日本遺産の構成文化財に指定 3.染飯 4.千貫堤 5.染飯販売の様子

素敵なシーンファイル#36

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