素敵なシーンウォッチング FILE27 空への憧れ、エアパーク浜松で見た零式艦上戦闘機
戦争が終わって75年が経った今でも、零式艦上戦闘機、通称ゼロ戦を見ると心が騒ぐのは僕だけではないでしょう。小学生の頃、プラモデルでゼロ戦やドイツ軍の戦車を組み立てて、友達と競い合った頃のことを今でも思い出します。
何故、ゼロ戦と呼ばれているのか?子供の頃は知らずにそう呼んでいたのですが、中学・高校と視野が広くなると、戦争をした背景や当時の社会や日本人について知り考える様になり、その中でゼロ戦も子供の頃とは違った存在の意味を知ることとなり、ゼロ戦ではなく零戦だということも知ります。
当時の日本の軍用機の名称は採用年次の「皇紀」の下2桁を冠する規定があり、零戦の制式採用された昭和15年(1940年)は皇紀2600年にあたり、その下2桁の「00」から「零式」と名付けられました。エアパークに展示されている零戦は、五二型後期生産型。三菱名古屋工場製造(昭和19年3月)の機体で、1963年グアム島で発見されました。初期型の二十一型からの改良版で、操縦席に50mm防弾ガラスを付加、座席後方に8mm防弾鋼板を追加し一部の機体は胴体タンクを自動防漏式となっています。
軍事オタク的な話になってきたので、素敵なシーン、エアパーク浜松の魅力についてお話ししましょう。エアパークでは零戦を含む歴代戦闘機や実際の救難ヘリコプターなどが展示されていて、そのリアル感に圧倒されます。このエアパークの正式名称は「航空自衛隊浜松広報館」。「見て・触って・体験できる」航空自衛隊のテーマ・パークです! 敷地内は本物の航空自衛隊機や戦闘機などを間近で見学できる展示格納庫、大スクリーンに航空機の映像が楽しめる全天周映像シアター、パイロット体験や航空自衛隊の活動がわかる展示資料館に分かれています。僕もそうでしたが、子供は乗り物が大好きです。実際に操縦席に座ってみたり、操縦シュミレーターで飛行機を飛ばせてみたり、軍事オタクの人だけでなくファミリーにぴったりの場所なのです。(ちなみに館外には子供向け遊び場もあります)。
このエアパークを見学させてもらって感じたことは、日本、日本人ということです。浜松航空自衛隊基地に隣接したエアパーク。子供から大人まで楽しめるということですが、その根本的な存在は、防衛という祖国を守るためにこのエアパークもあるということでした。ここに展示されている機体が直接防衛のためにあるのではなく、防衛ということを広く理解してもらうための展示施設であり、もしもという際にあらためて自衛隊、そして戦闘機の存在意味の理解を得るためにこの施設があるのです。ここ最近の世界情勢を見ていると、中国共産党の覇権主義や北朝鮮や韓国の問題など、抑止力といった言葉が静かに語られています。
エアパークがこのままファミリーの憩いの場所であり続けることを願いつつ、隣接する浜松航空自衛隊の滑走路から飛び立つ練習機T4の爆音に見送られながら、僕はジブリ映画「風立ちぬ」で描かれていた堀越二郎のことを考えていました。