祝!日本遺産に選ばれた弥次喜多道中、藤枝市の足跡を辿る VOL1 宇津ノ谷峠と蔦の細道 素敵なシーンウォッチング FILE33

静岡の魅力を一言で語るのは難しい。それは、山と海があり自然に恵まれたというだけでなく、名所旧跡や文化伝統に長けた土地柄で、とにかく住みやすくて故に人が優しいという魅力が満載されているからです。それは昔からそうだったようで、今日の旅ブームの先駆けとなったと言われる‟弥次喜多道中“「東海道中膝栗毛」にも書かれている歌舞伎にも登場する宇津ノ谷峠、島田宿へ続く東海道の松並木など、藤枝宿、岡部宿の旧東海道の歴史と文化は当時から魅力ある地として今に伝えられています。

今回の「ラジオで見る静岡」は、『日本初「旅ブーム」を起こした弥次さん喜多さん、駿州の旅~滑稽本と浮世絵が描く東海道旅のガイドブック(道中記)~』が令和2年度の日本遺産に認定されたことを受け、弥次喜多の気持ちを背負って岡部宿から藤枝宿へショート・トリップしてみようと言うことになりました。

実は、この「ラジオで見る静岡」こそ、江戸時代に大人気になった弥次喜多を書いた戯作者、十返舎一九の想いとリンクするもので、「滑稽さ」「怖いもの見たさ」そして美味しい「名物」に引き寄せられるのは人の世の常というテーマで制作されているのです。自由な移動が制限される江戸時代でも、人々は物見遊山の旅へいそいそと出かけて行った行動力は現代にも受け継がれ、旅ブームが生まれているのでしょう。

さて、そろそろ岡部宿の宇津ノ谷峠の話に入りましょう。静岡県にある古道として名を馳せる、蔦の細道(つたのほそみち)は東海道の丸子宿の西のはずれにあり、静岡市宇津ノ谷と藤枝市岡部町の境にある宇津ノ谷峠を越える道では最も古く、平安時代から豊臣秀吉が旧東海道を開くまでの約700年間にわたり官道として利用され、藤枝市指定文化財(史跡)となっています。この辺りは山越えの難所で、平安の昔から現在まで東海道はこの宇津ノ谷峠を抜けています。面白いのはここが「道路の博物館」ともいうべき存在で、明治9年開通の明治のトンネル(宇津ノ谷隧道)、大正トンネル、そして現在国道1号が走る昭和トンネル、平成トンネルと4本のトンネルが現存しているのです。国の登録有形文化財に指定されている日本初の有料トンネルとして開通し、現存最古のレンガ造りトンネルとして知られる明治のトンネルを抜けると岡部宿に辿り着きます。

僕たちは宇津ノ谷峠超えをするためにトンネルを引き返し、急勾配の山道に入って行きます。当時の人の旅は現代の様な気軽なものでなく命がけだったことが、この光が差し込まない鬱蒼と雑草が茂る暗い山道に入ると思い忍ばれます。それは、最新のミラーレス・カメラの最高感度でやっと写しだされるほどに暗く、山賊や強盗だけでなく獣に襲われることも考えられる危険な場所だと感じたからです。今でこそ、トレッキング・シューズがあり、道も整備され治安も守られていますが、当時はそうではなかったはずです。山の中の落ち葉が募る山道を歩いていると、古の旅人が何思ってこの道を踏みしめたのだろうかと深い疑問が湧いてくるのでした。

蔦の細道は僕が考えていたほど立派ではありませんでした。その逆にむき出しの石や岩で固められた山道は、太古から人々が歩いて踏み固められた歴史の証明あり、必要に応じて作られた適正なサイズなのだと感心した次第です。見晴らしが良いわけでなく、さりとて快適な街道でもなく、どうしてもそこを通らなければ次に進めない場所だからこそ作られた道であることに心が動きました。

蔦の細道を歩き、宇津ノ谷峠を越えて岡部宿に入った時には、心身ともにほっとした気持ちの安堵が生まれました。きっと古の旅人たちも同じ気持ちを持ったことでしょう。

ちなみに、この通俗小説の題名にある「栗毛」は栗色の馬ことで、膝栗毛とは自分の膝を馬の代わりに使う徒歩旅行のことを指しています。新幹線やマイカーで、時間短縮して快適を求める旅もよいでしょう。しかし時には、「東海道中膝栗毛」の様な自身の足で歩いて旅することも、新しい発見があってよいのだと痛感しました。まだまだ、旅は続きます!

東海道宇津ノ谷峠越え入り口
宇津ノ谷峠で最古のトンネル「明治トンネル」
初めは比較的広い竹林の道を進む
徐々に道が狭まり、峠を登りきる頃には人一人がやっとの道に。
峠頂上付近には可愛い看板も
峠超えを果たし、蔦の細道へ
蔦の細道は平安時代から続く古道で約700年の歴史がある
雨に濡れた石畳はなんとも清々しい
悪路の山道に突然石畳が現れた
看板がなければ迷いそうな山道
山林の中を縫うように進む
頂上からは藤枝方面を望むことができる

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