DESSERT MUSIC #31

遠州七不思議の波小僧から連想したのは、ハワイの伝説のサーファー、エディ・アイカウ。1946年5月4日、本名エドワード・ライアン・アイカウは、5人兄弟の次男としてハワイのマウイ島で誕生しました。23歳の時に高い身体能力を買われ、エディは弟のクラウドと共に初代ワイメアベイのライフガードとして働き出します。

DESSERT MUSIC #30

カーラ・ボノフは、何よりもその声が良いのです。知的でありながら大衆的な好感度がある、正しくポピュラーなシンガーであり、ソングライターなのです。1979年に発売された彼女のセカンド・アルバム「レストレス・ナイト」(邦題:ささやく夜)は、ダニー・コーチマー、デヴィッド・リンドレー、エド・ブラック、ジェイムス・テイラー、J.D.サウザー、ドン・ヘンリー、アンドリュー・ゴールドらが参加したAOR時代の最高傑作のひとつだと言っても過言でないアルバムです。

DESSERT MUSIC #29

「リトル・ウィング」は、ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスが1967年に発表したセカンド・アルバム『アクシス:ボールド・アズ・ラヴ』に収録されたスローテンポのアルペジオで始まるメロディアスなギター・フレーズが印象的な楽曲で、フィードバックしたエフェクトがかけられたヘンドリックスの歌声に鉄琴の一種のグロッケンシュピールの音色が絡む雄大な幻想的バラード。すでにドラック・カルチャーに影響受けていたであろうヘンドリックスが、守護神や理想の女性を想い浮かべて歌詞は書かれています。

DESSERT MUSIC #28

ギタリストとして、スタジオ・ワークを数多くこなしてきたキューバ出身のサンディ・トレノと、マイアミを中心にクラブ周りをしていたヴォーカリスト、ハワード・ジョンソンの二人組デュオ、ナイトフライトが1981年に発表した2枚目のアルバム『ナイトフライトⅡ』の一曲目。この曲を多くの人が知ることになるのは、この曲がスマップの「がんばりましょう」の元ネタとしてラジオ・オンエアーされたことで再燃しました。

DESSERT MUSIC #27

ニール・ヤングの数ある曲の中で、僕が一番好きな曲が「ハート・オブ・ゴールド」です。ヤングの代表曲、1972年リリースのアルバム「ハーヴェスト」に収録されたナンバー。ハーヴェストとは収穫という意味で、そういったことも影響してか、秋になったらJD・サウザーの「ナチュラル・ヒストリー」と共にターンテーブル(LPでも聴くので)に上るアルバムなのです。

DESSERT MUSIC #26

僕が高校生の頃、エリック・クラプトンのソロ名義で最初に買ったアルバムは、1974年にリリースされた「461オーシャン・ブールヴァード」でした。それから10年程が過ぎて音楽ライターとして生計を立てるようになって、あらためてこのアルバムの評価を様々な音楽誌で知ることとなった時に、とても気になる形容詞に出会ったのです。翌75年リリースの「安息の地を求めて」76年「ノー・リーズン・トゥ・クライ」と共に「ダウン・トゥ・アースなアルバム」という表現が使われていました。

DESSERT MUSIC #25

今回のデザート・ミュージックは、先週のレイナード・スキナードに続きサザンロックの雄 “マーシャル タッカー バンド“の「テイク ザ ハイウェイ」。

DESSERT MUSIC #24

「スウィート・ホーム・アラバマ」は、1974年リリースのレイナード・スキナードの2ndアルバム『セカンド・ヘルピング』の収録曲です。レイナード・スキナードは、フロリダ出身のバンドで圧倒的なライヴ・パフォーマンスとカントリー、ブルース、ソウル、ブリティッシュロックを融合させた今で言うミクスチャー・ロックの元祖であり、当時オールマン・ブラザーズ・バンドと人気を二分したことでサザン・ロックというジャンルに加えられた経緯もあります。どちらのバンドもレイシズムが激しいアメリカ南部のアラバマ州に縁が深く、マッスルショールズのフェイム・スタジオに関連しています。

DESSERT MUSIC #23

今回のデザート・ミュージックは、2006年のデビュー・アルバム『Undiscovered』がUKのアルバム・チャートで見事No.1を獲得し、当時シンガー・ソングライターとして注目を集めたイギリス出身のジェイムス・モリソンの「ワンダフル・ワールド」。

DESSERT MUSIC #22

今週のデザート・ミュージックはプリンス。プリンスと言えば、大ヒット・アルバム、映画「パープルレイン」で、紫がイメージカラーの様に映りますが、実はゴールド、すなわち金色がどのミュージシャンよりも似合う存在なのです。